名古屋高等裁判所金沢支部 平成9年(行コ)5号 判決 1998年12月09日
福井県坂井郡丸岡町本町二丁目四一番地
控訴人
大崎栄太
右訴訟代理人弁護士
菅野昭夫
同
西村依子
同
前川直善
福井県坂井郡三国町錦三―三一七
被控訴人
三国税務署長 須村忠夫
右指定代理人
池田信彦
同
安達幸男
同
高井正
同
池内牧子
同
石盛裕規
同
生水口優一
同
杉本雅一
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が昭和五八年三月一二日付で控訴人の昭和五四年ないし昭和五六年分の所得税についてした各更正及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要
一 控訴人は、肩書住所地で男子既製服及び男子衣料品を販売する小売業者であるところ、本件は、被控訴人が昭和五八年三月一二日付で行った控訴人の昭和五四年ないし昭和五六年分の所得税についての各更正及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各更正」という。)に対し、控訴人がこれを不服として被控訴人に対する異議申立て(昭和五八年五月一〇日申立て、同年八月八日棄却決定)、国税不服審判所長に対する審査請求(昭和五八年九月七日請求、昭和六一年八月一三日棄却決定)を経た上、本件各更正の取消を求めた事案である。
二 本件各更正は、被控訴人において、控訴人が税務調査に協力しなかったため帳簿書類等の直接資料が入手できない場合に該当すると判断して、推計課税の方法(類似同業者の平均売上原価率及び必要経費率に基づく方法)により事業所得を算出して行われた。
三 原審においては、推計課税の必要性及び合理性の有無が争点として争われ、原判決は、被控訴人の行った推計課税には必要性も合理性も認められると認定・判断して、控訴人の本訴請求を棄却した。そこで、控訴人がこれを不服として、本件控訴に及んだ。
四 当事者間に争いのない事実及び当事者双方の主張(争点)は、次のとおり、控訴人の当審における補充主張を付加するほか、原判決「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。当審における主たる争点は、本件推計課税の合理性の有無である。
五 控訴人の当審における補充主張
1 本件推計課税は、以下の理由により著しく不合理であり、本件各更正を適法とすることはできない。
2 本件類似同業者の選定方法は不合理である。
<1> 被控訴人は類似同業者を他の税務署管内から採用しており、これ自体既に異常で不合理である上、<2>男子衣料品小売業者といっても高級品を重点に売る店、洋品を重点に売る店、両方を総合して売る店の三種類の業態があるのに、これを区別せずに選定した者を類似同業者というのは不合理であり、<3>また、被控訴人の選定した類似同業者は本件各更正の段階、本件審査請求の段階及び本件訴訟の段階で同一ではなく入れ替えられていることからすると、控訴人に類似する同業者の抽出が困難であったことを裏付け、そうすると本件訴訟において類似同業者として選定された者も控訴人に類似しているとはいえないと推認される。
3 本件類似同業者の平均売上原価率は低率すぎて、控訴人に類似する同業者とはいえない。
<1>税務署が利用している所得標準率表(甲一二)によれば、男子既製服小売りの差益率(一〇〇パーセントから売上原価率を控除した数値に相当)は二三パーセント、洋品雑貨小売りの差益率は二五パーセントとされていることに照らしても、本件類似同業者の売上原価率(約五八パーセント)は低率にすぎる(差益率は高率にすぎる)。控訴人のような業種の事業者の差益率が四〇パーセントを超えることはあり得ない。<2>控訴人の昭和四七年ないし昭和四九年の所得税青色申告決算書(甲一の1ないし3)によれば、控訴人の当時の売上原価率は約七一、二パーセントであったところ、昭和五六年度経済白書によると、小売業者の流通在庫の量は昭和五六年をピークにして急上昇しており、しかも昭和五二年から昭和五五年にかけて、集客力を持った大型小売店が福井市内で相次いで開店して控訴人の売上が低下していったため、昭和五四年から昭和五六年にかけての売上原価率は昭和四七年ないし四九年に比してさらに上昇(差益率はさらに低下)していった。<3>控訴人の主要仕入先四社からの主要商品の仕入れ金額と上代金額(販売できる最高金額)ないし予定販売価格とによって算出される個別商品の差益率は、平均三四・八四パーセントであり、このような値引きを前提としない差益率でさえ本件類似同業者の差益率より低いのであるから、本件類似同業者の平均売上原価率は低率すぎる(差益率は高率すぎる)。
4 控訴人が調査した類似同業者の数値からも、本件類似同業者は控訴人に類似するとはいえない。
控訴人と同種の品を取扱い、同じ業態の男子既製服及び男子用品雑貨販売の小売り部門を持つ訴外南部株式会社の昭和五四年から五六年の平均差益率は約二五パーセントであり、南部株式会社の方が控訴人に類似している。
5 原判決が本件推計課税の合理性の根拠として認定している次の点は、認定・判断を誤っている。
<1>原判決は、仕入れと販売の特定できるスーツ一五点の差益率が四五・七九パーセントである旨認定し、これを本件推計課税の合理性の根拠とするが、これらのスーツは得意客から注文を受けて売った後に問屋から仕入れるという特殊な形態の販売であり、そのために差益率が高くなったにすぎず、これを本件推計課税の合理性の根拠とすることはできない。<2>原判決はカッターやベルトで被控訴人主張の差益率を超える商品が多数あると認定しているが、そのようなカッターやベルトはわずか数点にすぎず、大部分のカッター、ベルトの差益率は被控訴人主張の差益率以下である。
6 仮に本件推計課税に一応の合理性が認められるとしても、ほぼ遺漏なく立証された控訴人の売上実額を前提とする本人比率(売上原価率七五パーセント、差益率二五パーセント)による方が合理的であり、本件推計課税は違法である。
また、控訴人の売上実額及び右本人比率を前提とする推計棚卸し額も、何ら不自然・不合理なところがないから、右本人比率による方法が合理的であることが明らかである。
六 証拠関係は、本件記録中の原審及び当審における書証目録・証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第三当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は理由がないから棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり控訴人の当審における補充主張に対する判断を付加するほか、原判決「第三 争点についての判断」記載のとおりであるから、これを引用する。
二 控訴人の当審における補充主張に対する判断
1 推計課税は、実額による所得の把握ができない場合に、間接的資料により所得を推計しようとするものであるから、その性質上、推計方法が実額課税の代替手段としてふさわしい合理性があると認められるならば、原告(控訴人)側においてその推計に適さない特殊な事情があることを主張・立証しない限り、当該推計課税は合理的なものとして適法と解すべきである。
そして、本件において被控訴人が用いた推計課税の方法は、原判決二三頁八行目から二五頁初行目までの記載のとおりであり、要するに、控訴人が棚卸しを実施していなかったことから、期首・期末の棚卸し額を同額と捉え、その結果取引先調査によって把握した当期の仕入金額を売上原価と捉え、これを類似同業者の売上原価率で除して総収入金額を算出するなどとするものである。また、被控訴人の行った比準類似同業者の選定方法は、原判決三一頁五行目から三三頁四行目まで及び同一〇頁九行目から一二頁七行目までの各記載のとおりである。これによれば、被控訴人の類似同業者抽出基準は、対象者の事業規模、事業形態、事業地域等からみて合理的であると認められ、その手続にも特に問題はなく、右基準により抽出された対象者(類似同業者)の税務申告態様等からみて、その売上原価率の信用性、正確性は高いものと認められる(類似同業者の数は三名ないし四名と比較的少ないが、このことが右信用性、正確性に影響を及ぼすとは認められない)。また、この平均売上原価率に基づく推計課税の方法も合理的なものであると認められる。
そこで、控訴人が当審における補充主張として指摘する点により、前記類似同業者抽出基準や推計方法の合理性を覆したり、その推計に通さない控訴人の特殊な事情を認めうるかという観点から、控訴人が当審における補充主張として指摘する点を検討する。
2 控訴人は、本件類似同業者の選定方法が不合理であると主張し、前記第二、五、2の<1>ないし<3>の事情を指摘する。しかしながら、右<1>の点(類似同業者を三国税務署管内以外の税務署管内から抽出していること)についてみると、証拠(乙二、三の1ないし3、原審証人今村勉)によれば、三国税務署管内には被控訴人の採用した類似同業者選定基準に合致した同業者がいなかったため、隣接の福井及び小松税務署管内から類似同業者が抽出されたにすぎないものであることが認められ、そこには同業者の抽出にあたり被控訴人の恣意ないし作為が介入したことは窺われず、できる限りの地域的類似性も織り込まれているというべきであって、右同業者の抽出方法が不合理であったとはいえない(右事業地域の差異が、右同業者の平均売上原価率による推計を不合理とする特別の事情にあたるとは認められない)。
右<2>の点(男子衣料品小売業者の三種類の業態を区別せずに類似同業者を抽出したこと)についての認定・判断は、原判決三三頁末行目から三四頁一〇行目までの記載のとおりであり、この点が同業者の抽出方法の合理性に影響を与えたり、本件推計を不合理とする特別の事情にあたるとは認められない。右<3>の点(被控訴人の選定した類似同業者は本件各更正の段階、本件審査請求の段階及び本件訴訟の段階で同一でないこと)も、同業者の抽出方法や本件推計の合理性に影響を与えるものとは認められない。
3 控訴人は、本件類似同業者の平均売上原価率は低率すぎて、控訴人に類似する同業者とはいえないと主張し、前記第二、五、3の<1>ないし<3>の事情を指摘する。
しかしながら、右<1>の点(所得標準表の差益率との照合)についてみると、控訴人が男子既製服小売業等の差益率の根拠とする所得標準表(甲一二の1・2)は政党発行にかかる節税のための雑誌に掲載されたものであり、これが税務行政で用いられるべき差益率算定の一般的な基準であるとまでは認められず、控訴人の主張は理由がない。
右<2>の点(昭和四七年ないし四九年の所得税青色申告決算書に基づく差益率との対比、その後の在庫量の増加、周辺の大型小売店の開店)についてみると、右所得税青色申告決算書記載の売上原価率に基づいて本件各年度の売上原価率を推認することができないことは、原判決三七頁六行目から同頁末行目までの記載のとおりであり、経済白書(甲六二)によって認められるその後の在庫量の増加も、これは本件類似同業者にとっても共通の事態である上、右在庫量の増加が売上原価率の上昇に一般的に結びつくとまで認めることはできず、しかも控訴人が本件各年度に在庫量を減らすために大量の在庫品を特別に値引きして販売したこと(このような場合には期末たな卸額が格別に減少し、売上原価率が上昇すると考えられる。)を認めるに足りる証拠もない。また、控訴人の店舗周辺の大型小売店の開店(当審における控訴人本人によれば、福井市内での開店)により控訴人の売上原価率が上昇したことを具体的に裏付ける証拠はなく、右大型小売店の開店も控訴人に本件推計を及ぼすのが不相当となるような特殊な事情にあたるとは認められない。
右<3>の点(個別商品の仕入価格と上代価額等とによって算出される個別商品の差益率との照合)についてみると、控訴人が差益率算出のために抽出した個別商品は、仕入先からの請求書に「上代価額」等の記載のある商品に限定されていて、それ自体として全商品に及ぶ網羅的なものでない上、売上原価率が、期首商品たな卸額に当期商品仕入額を加えたものから期末商品たな卸額を控除して算出される当期売上原価の額を当期の実際の売上額で除した割合として求められる数値であることからすると、一部の個別商品の個別差益率を算出しても、それが直ちに当期の売上原価率に結びつくものではなく、本件類似同業者の平均売上原価率が不当に低率であることの根拠とすることもできない。
そうすると、この点に関する控訴人の主張は失当である。
4 控訴人は、控訴人が調査した類似同業者の差益率等の数値からも、本件類似同業者は控訴人に類似するとはいえないと主張する。しかしながら、証拠(甲六五、当審における控訴人本人)によれば、控訴人が類似同業者として独自に調査した南部株式会社は、昭和五五年及び五六年当時、洋品・衣料に関するメンズ部のほか呉服部、毛皮宝石部を有していたこと、メンズ部だけでも三店舗を有し、その期中仕入額は昭和五五年六月期が一億円余り、昭和五六年六月期が八〇〇〇万円余りであって、控訴人の当時の期中仕入額の約六倍ないし八倍であったことが認められ、その事業規模や店舗数からみても控訴人の類似同業者であったとはいい難く、右南部株式会社の当時の差益率等の数値が本件類似同業者の抽出方法や本件推計の合理性に影響を及ぼすものとは認められない。
そうすると、この点に関する控訴人の主張も理由がない。
5 控訴人は、<1>原判決は、仕入れと販売の特定できるスーツ一五点の差益率が四五・七九パーセントである旨認定し、これを本件推計課税の合理性の根拠とするが、これらのスーツは控訴人が得意客から注文を受けて売った後に問屋から仕入れるという特殊な形態の販売であり、そのために差益率が高くなったにすぎず、これを本件推計課税の合理性の根拠とすることはできない、<2>原判決は、カッター(シャツ)やベルトで被控訴人主張の差益率を超える商品が多数あると認定しているが、そのようなカッターやベルトはわずか数点にすぎず、大部分のカッター、ベルトの差益率は被控訴人主張の差益率以下である旨主張する。
しかしながら、右<1>の点についてみると、右のような販売形態であればそれほど値引きしないですべて売れるという趣旨であるとしても、控訴人の右以外の他の商品についての値引率及び程度が明らかでない上、現に高い差益率の販売例が証拠上も認めうるという意味で意義がある。また、<2>の点も、被控訴人主張の差益率以下で販売したカッター、ベルトの占める割合は明らかでなく、仮にわずかといえども高い差益率で販売した事例が証拠上認められることは本件推計の妥当性を補強するものということができる。控訴人の主張は理由がない。
6 右のとおり、推計課税の合理性に関する以上の当審における控訴人の補充主張(前記第二、五の2ないし5)はいずれも理由がなく、またこの点に関する原審における控訴人の主張が理由がないことは原判決記載のとおりであり、結局、本件推計方法には実額課税の代替手段としてふさわしい合理性があると認められ、控訴人にはその推計に適さない特殊な事情は認められない。
7 控訴人は、本件推計課税に一応の合理性が認められるとしても、ほぼ遺漏なく立証された控訴人の売上実額を前提とする本人比率(売上原価率七五パーセント、差益率二五パーセント)による方が合理的であり、本件推計課税は違法である旨主張する。
しかしながら、本人比率による推計は、客観的な妥当性の担保に欠けるので、納税者の特殊事情が著しくて他の比率による推計が適当でないと認められる場合に用いるのが相当であるというべきところ、本件においては既述のとおり、被控訴人の行った同業者比率による推計方法には合理性があると認められ、逆に控訴人には推計に適さない特殊事情が認められないのであるから、控訴人主張の売上原価率についての本人比率を用いて推計するのは相当でない。したがって、控訴人のこの点に関する主張は理由がない。
第四 よって、控訴人の被控訴人に対する本訴制求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪田季夫 裁判官 氣賀澤耕一 裁判官 本多俊雄)